東向観音寺(京都)の御朱印!菅原道真作の秘仏は御年祭の年だけ

京都

北野天満宮前の交差点から北野天満宮の参道に入り、しばらく行くと左手に東向観音寺(ひがしむかいかんのんじ)があります。

北野天満宮に着いたときは気が付かなかったのですが、参拝後の帰りに見つけました。

はじめは北野天満宮の一部なのかな?と思いながら入ってみると東向観音寺と言うお寺でした。

そして、うかがってみると東向観音寺にも、御朱印があるとのことで頂いてきました。
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東向観音寺の御朱印

初穂料 300円

御朱印は、通常の御朱印と「洛陽三十三所観音」の御朱印があり、本堂の右側にある御守り授与所で貰うことができます。

誰もいない場合は、呼び鈴があります。

御参拝時間 9:00~16:30

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東向観音寺は、小さいながらも歴史を感じるたたずまいでした。
写真を撮り忘れてしまったことが残念です^^;

続いて、簡単に東向観音寺の見どころをご紹介致します。

本堂と礼堂

現在の本堂は、1607年(慶長12年)に豊臣秀頼によって再建されたもの。

入母屋造(いりもやづくり)・本瓦葺(ほんがわらぶき)の本堂と、1694年(元禄7年)建立の礼堂を繋ぎ、権現造り(ごんげんづくり)のようにしています。

ご本尊「十一面観世音菩薩」

ご本尊の「十一面観世音菩薩」は菅原道真作と伝えられ、25年に一度の御年祭の年だけ御開帳される秘仏となっています。

次の御開帳は、1125年祭の平成39年(2027年)だそうです。まだまだですね。

白衣観音堂

ご本尊の「高王白衣観世音菩薩」は、1655年(明暦元年)に中国の明から寄進された観音像。

一般的な白衣観音像とはちがい、子どもを抱いているのが特徴で、古くから子宝、安産の信仰を集めています。

東向観音寺の御由緒

東向観音寺は真言宗泉涌寺派のお寺です。

HPでは、北野東向観音寺となっています。

寺の歴史は古く、平安時代初期、806年(延暦25年)に、桓武天皇の勅願によって、藤原小黒麻呂(ふじわら の おぐろまろ)らが建立した「朝日寺」を前身としています。

菅原道真が幼い頃に勉学に励んだ場所とも伝えられ、北野天満宮建立後の961年(応和元年)に、筑紫の観世音寺(福岡県太宰府市)から道真作の「十一面観世音菩薩」を請来し、ご本尊としています。

鎌倉末期には、花園・後醍醐・光厳(こうごん)・光明の四天皇の信仰深い、筑紫の観世音寺を擬し、観世音寺(観音寺)と改称。

以後、南北朝の各天皇や足利尊氏らの帰依をうけ、北野天満宮の神宮寺(神社に付属した寺)、北野天満宮奥の院として栄えました。

江戸時代になると、五摂家のひとつで公家の「一條家」の祈願所となり、一條家出身の明治天皇の皇后「昭憲皇太后」は、結婚前にこの寺で勉学に励まれたそうです。
 

アクセス方法

【住所】京都市上京区今小路通御前通西入上る観音寺門前町863

【電車&バスの場合】

  • JR京都駅より市バス50・101系統
  • JR/地下鉄二条駅より市バス55系統
  • 地下鉄今出川駅より市バス51・102・203系統 ※それぞれ「北野天満宮前」下車徒歩約2分

まとめ

最後に東向観音寺について簡単にまとめてみました。
 

  • 北野天満宮から徒歩約2分のところにある
  • 洛陽三十三所観音霊場 第三十一番札所
  • 足利尊氏や天皇の帰依をうけ、北野天満宮の神宮寺として繁栄
  • 菅原道真作の秘仏であるご本尊は2027年に御開帳
  • 現在の本堂は豊臣秀頼によって再建されたもの
  • 境内の白衣観音堂は子宝祈願スポット

個人的には菅原道真作の秘仏を見てみたいので、2027年の御開帳の時を忘れないようにしようと思ってます。
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